2026年3月16日月曜日

3月13日(金) ピンキーリング(Ag)

 小指用リングです。

すでに所有のアクセサリーリングのサイズ大きすぎて、ユルユル状態への対処です。

純度の低い貴金属も同様なのですが、貴金属以外で作られたアクセサリーのサイズ直しは、かなり困難です。

熱を加えたりできないうえに、金のメッキをしなければなりません。

アクセサリーの購入価格より、はるかに高額な費用が掛かりますので、シルバーのリングで抜け止めとしました。

サイズ1番で、作りました。標準サイズよ11mmも短く、直径で3.7mmも小さくなります。


2026年3月3日火曜日

2月27日(金)再度山・洞川梅林登山

 地図で見つけた洞川梅林へ行ってみました。

再度山から外人墓地の横を抜けて行きます。

神戸元町から北へ向かいます。この辺りは神戸でも海と陸が接近しています。

山麓線の道路沿いにある諏訪神社の鳥居が起点です。

とんでもない坂にとんでもない家が建っています。ガードレールの所は月極め駐車場です。

怖すぎます。

笑ってしまいそうな階段の上に神社があります。
小部の景色を見ながら登れる道なのですが、相変わらずの靄です。

神社の右手からジグザグの山道を登るとビーナスブリッジが見えてきます。
観光案内にも出てくる名所です。関空や神戸空港、淡路島くらいまでは確認できました。
神戸箕谷線の道路の上に設置されています。須磨方面を見ています。


ロマンス溢れる場所を提供するのが得意な神戸です。
鍵をかけるモニュメントです。
どうやら道を間違えて茶屋の方に来てしまいました。
椿の花で、川辺が赤くなっていました。
ここからしばらくは林道のような舗装道となります。もろい地質で谷が埋まってきています。
太龍寺までの参道だったのでしょうか?町石や祠が多くありました。
下りで利用することはあっても登りでは初めてかもしれません。
再度公園を抜けて洞川梅林に到着しました。まだまだ咲くのには時間がかかりそうな梅林でした。
東屋が2棟ありますが、トイレはありません。小規模ですが、不思議な地形と花がマッチングすれば、楽しめるかもしれません。
なんとか咲いていてくれたという感じです。
急峻な地形に散策路が設けてありました。
修法ヶ池まで戻ってきました。人気のハイキングポイントですが、訪れる人が少なかったようです。下山は参詣道を戻りました。






2026年2月24日火曜日

2月20日(金) 山の辺の道 南ルートその2

 深堀すればきりがない山の辺の道ですが、いろいろな植物に導かれるように進んで行きます。

大神神社の参詣道の端の近くにある水路です。水が通る口は、人工的に作られています。
酒船石や四天王寺さんにもこのような水の流れを扱う施設があります。おそらく禊に使わた
のではないでしょうか。
            
祈祷殿の前を進むと、薬道になります。
狭井神社にお参りした後は、少し戻って、大美和の杜展望台で、休憩です。
大和三山が綺麗に見えていました。
大美和の杜の休憩所です。この日は、歩く人も少なかったです。
山の辺の道の道標です。わざわざわかり難い字体で書かれているようです。
しだれた枝に梅の花が隊列を作っていました。
景行天皇陵が見えてきました。
2年ほど前に造られた石碑です。竜王山の入り口でもあります。
このしめ縄は、1月の縄かけ行事で張られたものです。
孟宗竹の御簾は裏表に7.5.3となっています。
伝承により守られてきた祭事だそうです。
栴檀の実が目を引きます。初めて見ました。
念仏寺にやってきました。何気ない墓地のお寺と思っていましたが、745年に行基僧正によって開山されたということです。さすが、大和の国です。
子牛でしょうか?我々には、気に留めることなく、草を食べていました。
夜都伎神社を過ぎて、蝋梅とピンクの梅が咲いていて印象的でした。
最後は石上神宮に参拝しました。この日のニワトリさんは、やたら元気でした。







2026年2月23日月曜日

2月20日(金)山の辺道 南ルートその1

 この道も一年に一度は行くルートです。アップダウンが少なく、距離を稼げる道で、古墳や神社仏閣があり、無人野菜売り場があって、飽きることはありません。

 

海石榴市の集落が桜の並木の向こうに見えています。

近鉄大阪線「桜井駅」からスタートして、大和川に架かる「大向寺橋」を渡ります。
土手沿いの道を東に歩くと、馬井出橋に着きます。ここで小休止です。
仏教伝来の顕彰碑があり、この地が、貿易の拠点で、伊勢や長谷寺への要衝の地でした。遣隋使もこの地から旅立ったそうです。
歌垣の地としてのロマンスもあったそうですが、処刑や懲罰の地や雨乞い・葬送の地でもあったそうです。
金屋の石仏に来ました。石棺を利用したレリーフの仏像だそうです。格子越しに御姿を拝することができます。
床下に無造作?にあるのが石棺の蓋だそうで、阿蘇の石ということですが、三輪山のミロク谷にあったのを神仏分離で、この地に持って来られました。石仏とは、無関係です。
なんとも良い表情の釈迦如来像です。
雨水だけでなく、拓本でも風化が進んでしまうため、お堂に安置されました。
林の向こうに水色の構造物がうっすらと見えています。紀ノ川疎水の一部分です。この事業は、難事業であることは、歴史を紐解くとすぐに想像できます。
平等寺駐車場の右手にあるのが、大行事社です。
三輪の市場の恵比寿社の本宮です。稲荷社も多くあるのは、商業も発展したのでしょう。
道路から耳成山が見えています。
梅の赤が和みます。
下が通路になっていますが、その上が疎水です。
浄願寺という神宮寺の跡です。廃仏毀釈で廃寺となったようです。すごい廃墟感です。
成願稲荷神社です。浄願寺の鎮守社が残りました。






2026年2月17日火曜日

2月13日(金)奈良県王寺町 明神山

 体調不良からの回復運転です。

舗装道路だけで山頂に到着できるところです。ユルユル上ります。

天王寺からJR大和路線で、王寺駅に行きます。ここで、和歌山線に乗り換えて、畠田駅で、下車します。
ものすごい「田舎の駅」感がありますが、駅員さんも在中で、そこそこの乗降客もありそうです。
聖徳太子の愛犬「雪丸」君が出迎えてくれました。
駅から2km弱で、登山道入り口です、
令和6年12月に奈良県はじめての国指定の景勝地に選ばれました。
ひるめ山は、古い名称です。
大和川を挟んで、向かいは、亀の背地滑り地区です。右手に信貴山のピークを見ることができます。
近くの高校でしょうか?体育の授業で生徒が行き来していました。大きな声で挨拶してくれました。
山頂からの眺めは、靄でぼんやりしていました。
春のような気温でした。まだ水仙が咲いていました。
満を持していた梅が咲き始めていて、春の息吹きを感じました。