2026年2月24日火曜日

2月20日(金) 山の辺の道 南ルートその2

 深堀すればきりがない山の辺の道ですが、いろいろな植物に導かれるように進んで行きます。

大神神社の参詣道の端の近くにある水路です。水が通る口は、人工的に作られています。
酒船石や四天王寺さんにもこのような水の流れを扱う施設があります。おそらく禊に使わた
のではないでしょうか。
            
祈祷殿の前を進むと、薬道になります。
狭井神社にお参りした後は、少し戻って、大美和の杜展望台で、休憩です。
大和三山が綺麗に見えていました。
大美和の杜の休憩所です。この日は、歩く人も少なかったです。
山の辺の道の道標です。わざわざわかり難い字体で書かれているようです。
しだれた枝に梅の花が隊列を作っていました。
景行天皇陵が見えてきました。
2年ほど前に造られた石碑です。竜王山の入り口でもあります。
このしめ縄は、1月の縄かけ行事で張られたものです。
孟宗竹の御簾は裏表に7.5.3となっています。
伝承により守られてきた祭事だそうです。
栴檀の実が目を引きます。初めて見ました。
念仏寺にやってきました。何気ない墓地のお寺と思っていましたが、745年に行基僧正によって開山されたということです。さすが、大和の国です。
子牛でしょうか?我々には、気に留めることなく、草を食べていました。
夜都伎神社を過ぎて、蝋梅とピンクの梅が咲いていて印象的でした。
最後は石上神宮に参拝しました。この日のニワトリさんは、やたら元気でした。







2026年2月23日月曜日

2月20日(金)山の辺道 南ルートその1

 この道も一年に一度は行くルートです。アップダウンが少なく、距離を稼げる道で、古墳や神社仏閣があり、無人野菜売り場があって、飽きることはありません。

 

海石榴市の集落が桜の並木の向こうに見えています。

近鉄大阪線「桜井駅」からスタートして、大和川に架かる「大向寺橋」を渡ります。
土手沿いの道を東に歩くと、馬井出橋に着きます。ここで小休止です。
仏教伝来の顕彰碑があり、この地が、貿易の拠点で、伊勢や長谷寺への要衝の地でした。遣隋使もこの地から旅立ったそうです。
歌垣の地としてのロマンスもあったそうですが、処刑や懲罰の地や雨乞い・葬送の地でもあったそうです。
金屋の石仏に来ました。石棺を利用したレリーフの仏像だそうです。格子越しに御姿を拝することができます。
床下に無造作?にあるのが石棺の蓋だそうで、阿蘇の石ということですが、三輪山のミロク谷にあったのを神仏分離で、この地に持って来られました。石仏とは、無関係です。
なんとも良い表情の釈迦如来像です。
雨水だけでなく、拓本でも風化が進んでしまうため、お堂に安置されました。
林の向こうに水色の構造物がうっすらと見えています。紀ノ川疎水の一部分です。この事業は、難事業であることは、歴史を紐解くとすぐに想像できます。
平等寺駐車場の右手にあるのが、大行事社です。
三輪の市場の恵比寿社の本宮です。稲荷社も多くあるのは、商業も発展したのでしょう。
道路から耳成山が見えています。
梅の赤が和みます。
下が通路になっていますが、その上が疎水です。
浄願寺という神宮寺の跡です。廃仏毀釈で廃寺となったようです。すごい廃墟感です。
成願稲荷神社です。浄願寺の鎮守社が残りました。






2026年2月17日火曜日

2月13日(金)奈良県王寺町 明神山

 体調不良からの回復運転です。

舗装道路だけで山頂に到着できるところです。ユルユル上ります。

天王寺からJR大和路線で、王寺駅に行きます。ここで、和歌山線に乗り換えて、畠田駅で、下車します。
ものすごい「田舎の駅」感がありますが、駅員さんも在中で、そこそこの乗降客もありそうです。
聖徳太子の愛犬「雪丸」君が出迎えてくれました。
駅から2km弱で、登山道入り口です、
令和6年12月に奈良県はじめての国指定の景勝地に選ばれました。
ひるめ山は、古い名称です。
大和川を挟んで、向かいは、亀の背地滑り地区です。右手に信貴山のピークを見ることができます。
近くの高校でしょうか?体育の授業で生徒が行き来していました。大きな声で挨拶してくれました。
山頂からの眺めは、靄でぼんやりしていました。
春のような気温でした。まだ水仙が咲いていました。
満を持していた梅が咲き始めていて、春の息吹きを感じました。



2026年2月4日水曜日

2026年 1月30日(金) 河内飯盛山 体力維持登山

 まだまだ寒い日が続いています。高齢者登山に無理は禁物です。

大阪市大東市から四条畷市にまたがる山です。

JR学研都市線 野崎駅がスタートです。

昭和の香りがする商店街を野崎観音慈眼寺へ向けて進みます。
浄瑠璃や歌舞伎そして野崎参りの歌で有名な「お染・久松」の物語を絵巻で表しています。
急斜面に立つ本堂の西横の南條神社から山道となります。
登山道から少し外れたところにある展望台の後ろに「乳母観音像」が祀られています。多くの人は、景色を見るため気が付かないかもしれません。
見晴らしも良く街道も良く見えていたところですので、要衝となっています。
いつもの辻の新池で、このシーズン初めての氷を見ました。
FMラジオの送信所ですが、この辺りは千畳敷楼閣跡や堀切跡があります。
飯盛山展望台からの眺めです。
毎日登山の方は、すでに下山されているようです。
伝三本松楼跡からの眺めです。大阪市中心部のビル群が見えます。
こちらは、北摂の山々ですが、降雪しているようです。
雪が舞い落ちてくる中、四条畷神社の裏手に来ました。
梅林でも作られるのでしょうか?蝋梅が咲いていました。

四条畷神社参道を下って、JRの踏切から200mほどの所にある「楠木正行公墓所」です。
巨大な楠木が力強く伸びています。
駅前はあまり再開発されていなくて、道路も狭く、名だたるスーパーもないのですが、昭和の香りがする商店街が生き残っていました。




2026年1月27日火曜日

1月23日(金)2026年の二上山登山

 今年、初めての二上山です。

近鉄南大阪線の二上神社口駅がスタートです。ちなみに、降車したのは我々だけでした。

駅から道の駅へ向かう道の途中にある「加守小池」の端から登りました。
急な登りを行くと、鳶塚の展望台に着きました。
相変わらずの景色で、いつまでも滞在できます。
途中に鍋やヤカンが枝にあるそうですが、見つけられませんでした。
鳶塚を降りると、再びゆっくりと登ります。やがて、ダイトレに合流します。新しいお知らせ看板がありました。ならない人は、トトロの意味が分からないかもしれません。
馬の背からの雌岳への階段です。平日ですが、比較的登山者が多かったです。
万葉広場は、風が冷たく、厳しい環境でした。
祐泉寺へ向かう道からの雄岳です。まさに冬の光景でした。
大イチョウの広場に来ました。この前より枝が伐採されていました。
急坂をどんどん下ります。雨が少ないので、川は、乾いていました。
祐泉寺に到着です。このルートが一番短いかもしれません。
大池のカモも寒そうです。人を見ると寄ってきます。
初田川も枯れていますが、ところどころ鉄分が解析しています。さすが元火山ということでしょうか?
午前9時42分に駅を出発して、午後1時35分の帰ってきました。いつもより30分遅れてスタートしましたが、体が冷える前に帰ることができましたが、この駅で、30分待つことになってしました。