また、行政機関と地元民の協力のもとで、登山道や自然環境保全が行われてきました。
高尾山創造の森として、4つのパートに分けて、ルートや環境を造られてきたそうです。
道も分かりやすく、展望所もあって子供さんも登ってこられます。
我々は、くつろぎの道と言うルートで下山しました。途中の南展望台からの眺めです。
中央に阿倍野ハルカスが見えています。後ろには六甲山がうっすらと見えていました。
八尾の飛行場がすぐそばに見えています。小型機やヘリコプターが主な利用となっています。自衛隊も共用されています。
大和川と古墳群でしょうか?この山の中腹付近も古墳群があり、歴史の深さを感じます。
鐸比古鐸比賣神社にやってきました。本殿は階段の上と言う事で、ここでお参りです。
152年に建立されたとされていますが、不明な所もあるそうです。鐸比古命は垂仁天皇の子にあたり、和気清麻呂が遠祖ということです。鐸比古命を祭神とするのは、岡山の和気神社とここだけだそうです。
お参りの方もおられません。静かな神社です。
境内に上る階段です。大県神社と言う別名もあるようです。このあたりの地名となっています。
高尾山を御神体山・磐座としていると言う事がよくわかる場所です。
こんなに近くにありながら全く知らない山がまだあったと言うのが、第一印象でした。そして多くの過去からの遺産を抱いている事も知り、その奥の広さを感じました。
やたらと興味を惹かれる神社ですね。
返信削除渡来人は紀元前、縄文から弥生時代にかけて大量に来ていましたから、この神社も古くからあるのでしょうね。近畿に渡来人の足跡が多いのは大和朝廷以前に住みついていたからなんでしょう。きっと腕のいい宝飾人もいたことでしょうね。
岡山の和気もちょっとオドロオドロした感じを持ってしまいます。その辺りはどうしても横溝正史の猟奇事件が思い起こされるんです。なんか頭にこびりついてるんですかねえ。
東京の高尾山とはエライ違いですね。
jollyhotさん こんにちは~
返信削除岡山県和気というところは、訪れた事がありませんが、小説の舞台となったところなのですね。......通過はしていると思います。
この山は、極低山でもあり、地元民も知っている人は少ないのではないでしょうか?.....最近は、知名度も上ってきているようです。
生駒山も古墳が多く存在しているようですが、比較的小さいものが多いようです。自宅の改修や道路工事で発掘される事も多く、事後処理が大変だと聞いています。