2018年12月19日水曜日

鈴鹿シティマラソン 2018 12月16日

一日遅れの筋肉痛もおさまり、2度目の鈴鹿シティマラソンに参戦しました。
とは言うものの、9月に出血してから走るという行為をしていませんので、見学または、リタイヤをする予定で、15~16日に行って参りました。
 9時50分スタートで、12時に全競技終了と言う甘い言葉につられました。

 「腹が減っては戦はできぬ」ではありませんが、忘年会で栄養補給です。
 三重県の津駅前付近の人気店です。くもえび・津餃子などの名物の数々をいただきました。
 翌朝、モーニングバイキングを食べて、7時20分出発です。....大勢のランナーさんで賑わっていました。見渡すと私が最年長かも。

 鈴鹿サーキットの観覧車が遠くに見えています。駐車場からウォームアップできそうです。
 お出向かいは、大きなツリー
 続々とランナーさんが向かっています。
 普段はエンジン音が響いている場所ですが、こんなモニュメントにテンションが上ります。
 何時ものメインスタンドをベース基地とします。
 競技用車椅子マラソンが先行スタートです。普通の車椅子でのマラソンもありますが、下りが難しそうです。
 いよいよ10kmのスタートが近づいてきました。
 そんなこんなで、結局スタートグリッドへ来てしまいました。
 スタートは車のレースとは反対側からであります。
 見上げるメインスタンドには沢山のギャラリーと他のカテゴリーの参加者です。
 一番後方に陣取りましたが、後続のランナーさんに圧縮されてやや前方へ押しやられました。....これが第一のツマヅキです。
 それでもしばらく歩いて後に回りました。ふと後を見ると、回収車らしき車がせまってくるではありませんか、強迫観念にも似た気持で、うかつにも走り出しました。
 「どうせ最後まで持たないなぁ」と思いながらのランニングでありました。
 半分過ぎた所で、前方に自分よりはるかに年上の御婦人を発見!とりあえずその方をターゲットに走りましたが、なかなか距離が縮まりません。
 後3km地点まで来て、アドレナリン増量となってしまいました。後先考えずにペースアップ!
 
 止せばいいのに、結局、無事完走となってしまいました。練習もしないで、ビリにならなかったのが不思議です。......良い子は真似をしてはいけません。....眼の血管にも感謝です。
 わずか10kmのランニングで記録も最低でしたが、思い出に残る印象深い大会となりました。
 走り終わったら、栄養補給です。....たぶん過多です。
 鈴鹿市南江島町・(近鉄名古屋線白子駅歩いて10分)にあるドミニクドゥーセ本店のランチバイキング(1280円)です。
食べすぎです。......写真にはありませんが、もう一皿たべています。

2018年12月12日水曜日

若山 315.2m

高槻市の奥になると未だに倒木処理が行われており、不通区間があります。
このハイキング道も整備されるまでは、倍近い時間がかかったそうです。
 展望台を捜していましたが、若山山頂まで来てしまいました。三角点はありますが、眺望はありません。仕方なく後戻りです。
 分岐を見つけましたが、下山道のようです。小さなスペースに丸太が、ベンチのようにありましたので、ここで休憩です。
淀川をはさんで、枚方から生駒山系の北の端が見えていました。
 この下には大きな変電所があるようです。
 12月のカマキリです。子供のころは、大阪市内でもよくみかけたのですがね~。
 伐採地でしょうかなかなかのスリルです。
 第二の展望所のようです。岩清水八幡宮のある男山が見えています。
木津川・桂川・宇治川の合流点で、淀川となって海へ流れて行きます。
 ゴルフ場の横を通りますが、ぬかるみや岩があって滑りやすくなっています。もちろん倒木もありますので、上下から責められる感じでした。
 ものすごいパワーを感じます。
 結構な急斜面の階段を下ってきました。ここが若山神社の登山口となります。
 落ち着いた感じの神社です。701年の創建された古い神社です。
 参道も歴史を感じます。
低い山ながら、走行は15kmとなっていました。
JR島本駅に到着です。入線メロディが面白いです。.....サントリーオールドのCM曲である「人間みな兄弟~夜が来る」がながれます。

2018年12月11日火曜日

金龍寺跡

久しぶりの山道です。緩い坂道もくたびれます。
地震や台風で、いたるところで被害が出ましたが、完全復旧とはなっていません。
ブルーシートの屋根や崩れた壁などは、いたるところにあります。倒木などは切断されて安全が確保されるようになりましが、山道では、朽ち果てるのを待つしかないようです。
 信仰の山の面影です。町石がありました。
 座禅石だそうです。少し傾いているので、姿勢を保つのが難しそうです。
 石垣が見えてきました。金龍寺跡が近くなってきたようです。
 お寺の池があったところのようですが、よくわかりません。
 町石も確認できるものは少ないようです。
 どうやらこの辺りが寺跡のようです。
 浄土信仰の礎となった貴重な寺院でしたが、昭和58年に心無いハイカーによって、消失してしまいました。
栄えた時もあったようですが、明治以降は衰退していたそうです。
 名残の紅葉がきれいでした。

 石で作られた物が、かろうじて当時の面影を残しています。
 登山道は、かなり整備されていましたが、周りはかなり荒れていました。
南斜面は台風の風が直接当たっていたのでしょうね。一方向に倒れていました。
 道も分かりづらくなっています。
 ようやく太閤道であることを認識できました。
尾根道の分岐もわかりづらく、岩神神社とありますが、道が見えませんでした。

2018年12月10日月曜日

太閤道・・・若山登山

足慣らし低山行脚が続きます。
今回は、大阪府高槻市と島本町にまたがる太閤道を歩きました。
豊臣秀吉が明智光秀との山崎の合戦に望む際に通った道とされています。
今は、手軽なハイキングコースとなっています。
 JR高槻駅の南ロータリーからの出発です。
ガイドブックは、安満遺跡を通るプランですので、それに従いました。
通常は北側から進むのが、近いと思います。
 整備中でありました。国指定の大きな遺跡群で、来年には1次開園となるようです。
 公園中央にあるレトロな建物群のひとつです。
もともとは、京都大学農学部の付属農場だったところで、その移転にともなって、整備が進められています。
3年後に、全面開園となるようです。
 弥生時代の遺跡で、稲作や環濠集落の痕跡があるそうです。
 22haという広大な公園が駅から1km以内にできることになります。
東海道線のガードを潜って右手の「ぺったんこ」の山を目指します。
 イチョウの古木です。安満という地区の中を歩いています。
 古木の近くある浄誓寺です。1350年の創建と言う古いお寺です。
 街並みも歴史を感じる所で、こんな巨木が民家と接して生きています。
 神様の休憩場所です。
 名神高速道路と新名神高速道路との分岐付近です。
数年前とは全く様相が変っているそうです。
 そんなこんなで、山道に入ると倒木ショーのはじまりです。
 今年の台風の被害で多かったのが、根こそぎ倒れるという現象です。
民家も近く訪れる人も多いのでしょうか、ルートは確保されていました。