6月4日に行った再度山の入り口となる布引きの滝付近の歌碑の追加写真です。
これによると、月明かりで布引の滝を見ていることになります。月明かりで明るいとは言え、昔の人は眼も良かったのでしょうか?
滝の展望台にあった歌碑です。短い歌に色々な思いが垣間見れます。この他にも幾つかの歌碑がありましたが、まともな写真がこれだけでした。
六甲山の地質についての説明文です。火成岩が隆起した山ですが、火山灰などの堆積物が少なかったようで、風化がすすんでいるようです。
二つの花崗岩に銘板がありました。
大きな布引断層の露出部分です。関西は断層が数多く見つかっていますが、河川による堆積物や火山灰による埋没が少ないからではないでしょうか
日本列島での地震の発生は、いたるところでありますので、未知の断層もいたるところにあるのではと感じています。
2017年6月12日月曜日
2017年6月7日水曜日
高雄山 下山
再度公園で一息ついて、これより下山です。
一般的な大龍寺から諏訪山稲荷へ抜けるルートを取りました。
大龍寺への階段です。本堂の上の奥の院から再度山山頂へのルートがあるそうです。また、途中の分岐からもルートが存在しているようですが、完全に見落としてしまいました。......どちらにせよ今回は登頂の計画は、ありませんでした。
猩猩ヶ池に到着です。江戸時代に水資源の確保のために造られました。土砂の流入で、かなり面積は減ったということです。
自動車道と交錯するように山道がありますので、狭い道でも車が上って来る時があります。もちろんこの道は歩行者用(たぶん)ですが、立派な橋がありました。
ビーナスブリッジがすぐそばにありますが、今回はスルーして下山しました。港が近くなってきました。汽笛の音が、大きく近くに聞こえてきます。
諏訪山稲荷の小さな社からお参りです。
本殿の狛狐?狐様を神の使いとして崇めるのは、世界的にも珍しいのではないでしょうか?
神社への急坂です。自主トレでしょうか?女性の方が、勇猛果敢にも駆け上がって行かれました。
一般的な大龍寺から諏訪山稲荷へ抜けるルートを取りました。
大龍寺への階段です。本堂の上の奥の院から再度山山頂へのルートがあるそうです。また、途中の分岐からもルートが存在しているようですが、完全に見落としてしまいました。......どちらにせよ今回は登頂の計画は、ありませんでした。
猩猩ヶ池に到着です。江戸時代に水資源の確保のために造られました。土砂の流入で、かなり面積は減ったということです。
自動車道と交錯するように山道がありますので、狭い道でも車が上って来る時があります。もちろんこの道は歩行者用(たぶん)ですが、立派な橋がありました。
ビーナスブリッジがすぐそばにありますが、今回はスルーして下山しました。港が近くなってきました。汽笛の音が、大きく近くに聞こえてきます。
諏訪山稲荷の小さな社からお参りです。
本殿の狛狐?狐様を神の使いとして崇めるのは、世界的にも珍しいのではないでしょうか?
神社への急坂です。自主トレでしょうか?女性の方が、勇猛果敢にも駆け上がって行かれました。
2017年6月6日火曜日
高尾山 476m
山道にあるお茶屋さんなのです。色々あるのがこのルートです。
緑が眩しい山道です。なにやら白い蛾?が一斉に羽化をしたようで、乱舞となっていました。しばらく進むと桜茶屋に到着です。階段を降りて市ヶ原の河川敷に出て、木の橋を渡ると高尾山の分岐となります。このあたりは、標識もあるのですが、分岐も多く地図が必用でしょうね。
開放的な市ヶ原ですが、花崗岩が風化した砂がこの山系の脆さを物語っているように思えます。.....台風の後は、幾つかのルートで崩壊が起きるのが必須です。
桜茶屋の女将さんの話では、「高尾山は人気も無く、特別な目的のある方以外には、お勧めしませんがね~ 」と言うお話を笑顔で受け止めて出発しました。
いきなりの急斜面ですが、登山道の整備をされたようで、迷う事無く進んで行きました。
以前は草が生えて、藪漕ぎしなければならなかったそうですが、問題なく歩けました。
20分以上経過してようやく山頂が見えてきました。
登山地図では20分で山頂なのですが、もうひとふん張りしなければなりません。
ようやく山頂です。眺望もなく、ひっそりとしています。
低山ですが、急坂もあって汗がでます。
再度山の山容です。南側はかなり急峻なのがわかります。
関西では再度山は有名なのですが、登った方は少ないのではないでしょうか。登山道が明記されていなかったり、眺望も悪かったりなどの条件も起因しているようです。
下山は再度公園方面に向けて下りて行きます。急な所もありますが、難儀する事はありませんでした。
本道との合流点ですが、これが登山道の入り口とは思えないような雰囲気のところです。逆方向から進んできたらスルーしてしまいそうです。
修法ヶ原池に到着しました。あちらこちらで、本格的な昼食パーティが繰り広げられていました。......うらやましい。
この場所は、三宮からバスでも来れますので、憩いの場となっています。
少し水位が低いようですが、爽やかな風と明るい陽光で癒されます。
多くの方の再度山のイメージはこの風景であって、山頂ではないようです。......機会があれば、再度山山頂も踏破してみたいですね。
2017年6月5日月曜日
再度山公園 高尾山登山
最近、高尾山と言う名前の山に取り付かれているのでしょうか。
今回は、再度山の北東に位置する高尾山に登りました。
六甲山の再度山と言う名前は遠足などで有名ですが、修法ヶ原池公園までで完結されていて、再度山や高尾山の山頂は、あまり人気がありません。.......急坂があるにもかかわらず、眺望が悪いです。
そんなこんなで、新神戸駅がスタートです。
稀に見る快晴でありました。湿度が低い事もあって、かなりクリアーな感じです。
三宮から新神戸駅までは。地下鉄を使って移動しました。........夏場に徒歩で移動した際には、かなりエネルギーを消耗しました。
新幹線の新神戸駅裏側からスタートしました。しばらくするとレンガの橋を渡って、布引の滝のコースとなります。
布引の滝の雌滝です。このあたりは、断層が幾つもあって、複雑な地形となっているそうです。
歌碑がいくつも道沿いに設置されていますので、足休めの言い訳に使えます。
豪快な雄滝に到着しました。水量は少なめのように思いました。それにしても新幹線の駅から直線距離で500mほどで、こんな滝があるところも珍しいでしょうね。.......自然環境が厳しい所にあると言う事の認識が必要であります。
滝といえば、お不動さんです。小さいながらも御祭りされていました。
急な坂道の途中にある茶屋です。日曜日の朝10時ですが、すでにお酒の匂いがしていました。店内では、10人?ぐらいの方々で、大宴会中でした。......帰り道の急坂は大丈夫なのでしょうかね~
見晴台からの眺望です。遠く和泉山地のパノラマも堪能できました。まだまだビルよりも低い所をウロウロしています。
明治時代に作られた五本松ダムです。100年以上の歴史がありますが、まだまだ現役のダムです。
明治の気骨を感じますねぇ~。
アメリカでは半分にも満たないくらいの築年数のダムの放水路が、倒壊していました。
重機も満足に無かった時代の難工事が、どのようであったのかと思います。
布引貯水池です。
空の青と木々の緑と穏やかな水面が、癒される景色となっています。ズゥ~と眺めていたいのですが、先に進まなければなりません。
今回は、再度山の北東に位置する高尾山に登りました。
六甲山の再度山と言う名前は遠足などで有名ですが、修法ヶ原池公園までで完結されていて、再度山や高尾山の山頂は、あまり人気がありません。.......急坂があるにもかかわらず、眺望が悪いです。
そんなこんなで、新神戸駅がスタートです。
稀に見る快晴でありました。湿度が低い事もあって、かなりクリアーな感じです。
三宮から新神戸駅までは。地下鉄を使って移動しました。........夏場に徒歩で移動した際には、かなりエネルギーを消耗しました。
新幹線の新神戸駅裏側からスタートしました。しばらくするとレンガの橋を渡って、布引の滝のコースとなります。
布引の滝の雌滝です。このあたりは、断層が幾つもあって、複雑な地形となっているそうです。
歌碑がいくつも道沿いに設置されていますので、足休めの言い訳に使えます。
豪快な雄滝に到着しました。水量は少なめのように思いました。それにしても新幹線の駅から直線距離で500mほどで、こんな滝があるところも珍しいでしょうね。.......自然環境が厳しい所にあると言う事の認識が必要であります。
滝といえば、お不動さんです。小さいながらも御祭りされていました。
急な坂道の途中にある茶屋です。日曜日の朝10時ですが、すでにお酒の匂いがしていました。店内では、10人?ぐらいの方々で、大宴会中でした。......帰り道の急坂は大丈夫なのでしょうかね~
見晴台からの眺望です。遠く和泉山地のパノラマも堪能できました。まだまだビルよりも低い所をウロウロしています。
明治時代に作られた五本松ダムです。100年以上の歴史がありますが、まだまだ現役のダムです。
明治の気骨を感じますねぇ~。
アメリカでは半分にも満たないくらいの築年数のダムの放水路が、倒壊していました。
重機も満足に無かった時代の難工事が、どのようであったのかと思います。
布引貯水池です。
空の青と木々の緑と穏やかな水面が、癒される景色となっています。ズゥ~と眺めていたいのですが、先に進まなければなりません。
2017年5月24日水曜日
キララ坂から修学院へ
石碑のある分岐点は比叡山山頂との分岐でもあります。
今回はあっさりと下山方向に歩みを進めました。
足の幅ひとつ分くらいの溝のような山道となります。旨くタイミングを合わさないと往来の人のすれ違いができません。.....なかなか急斜面でもあります。しばらくすると、修学院のフェンスが現れてきました。.....勿論、立ち入り禁止です。
このフェンスの長さは足で感じる事になりますが、それにしても勢力があったのだろうと思います。
田植えの時期なのでしょうか、用水の分岐の注意書きがありました。
どうも、京都の方言で書かれてあるようで、イジルという意味合いで使われているようです。大阪だとカラカウと言う意味合いが強くなり、名古屋的には、もてあそぶ的なニュアンスが強くなるそうで、わかり難い表記である事には間違いないですね~....笑
比叡山の京都側の入り口の一つ、キララ坂の石碑です。雲母坂とも表記されるように、花崗岩から風化した雲母がキラキラと光る事からこの名前がつけられたということです。....異説もあります。(う~ん、キラキラ感は感じませんね~)
延暦寺の千日回峰行のひとつでもあります。
かなり風化しやすい地質で、堰堤は必須でしょうね。
鷺森神社が登山道への目印です。今回も鳥居前からの参拝でした。
叡山電鉄「修学院」到着です。歴史的にも色々あり、地質学的にも興味深い瓜生山でした。
2017年5月23日火曜日
瓜生山から白鳥山
300mほどの山で、標高による気温の低下も期待できませんが、土の道と木々のおかげでヘタルこともなくここまできました。
何年か前の台風の影響で倒木が多く道の崩落も報告されていましたが、迂回路の創設等の対策で、ストレスなしで進めました。.......大きな木の倒壊で、大きくえぐられていました。
少し迂回路を使って、白鳥山へ登りました。ここも城が築かれていたようで、平らに整地されたところがありました。
最近はお寺参り登山が多くなっていたのですが、城跡ハンターにもなってきたような気がします。
京都トレイルの整備もあったのでしょうか、各ポイントに適切な標識と解説の看板があって、歴史の都を感じます。.......ありがたい
山頂にあった謎のポンプ部品です。内部には歯車等が残っていました。日本の株式会社丸八ポンプ製作所製のようですが、なぜここにあるのでしょうかね。......創業1923年だそうです。
ここも山頂の眺望はきびしいものがあります。
所々の伐採地?からは、宝ヶ池方面の景色がきれいでした。
石鳥居に到着です。すでに12時を過ぎていましたので、ここで昼食となりました。
ここより沢を3つほど渡り(たぶん?)キララ坂に向いました。ここも短いですが急坂のアップダウンが続きます。
水飲対陣の跡と言うところに出てきました。
なかなか立派な碑が山中にあります。千種忠顕(鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての公家)の戦死した所ということです。
水飲と言うの地名のようです。
何年か前の台風の影響で倒木が多く道の崩落も報告されていましたが、迂回路の創設等の対策で、ストレスなしで進めました。.......大きな木の倒壊で、大きくえぐられていました。
少し迂回路を使って、白鳥山へ登りました。ここも城が築かれていたようで、平らに整地されたところがありました。
最近はお寺参り登山が多くなっていたのですが、城跡ハンターにもなってきたような気がします。
京都トレイルの整備もあったのでしょうか、各ポイントに適切な標識と解説の看板があって、歴史の都を感じます。.......ありがたい
山頂にあった謎のポンプ部品です。内部には歯車等が残っていました。日本の株式会社丸八ポンプ製作所製のようですが、なぜここにあるのでしょうかね。......創業1923年だそうです。
ここも山頂の眺望はきびしいものがあります。
所々の伐採地?からは、宝ヶ池方面の景色がきれいでした。
石鳥居に到着です。すでに12時を過ぎていましたので、ここで昼食となりました。
ここより沢を3つほど渡り(たぶん?)キララ坂に向いました。ここも短いですが急坂のアップダウンが続きます。
水飲対陣の跡と言うところに出てきました。
なかなか立派な碑が山中にあります。千種忠顕(鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての公家)の戦死した所ということです。
水飲と言うの地名のようです。
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