2019年5月7日火曜日

旧福知山線 廃線ハイクⅢ

 お昼近くになるとますます人が増えてきました。いつものマイナーな低山とは様相が違います。
 以前のような野趣あふれる感じは無くなりましたが、インスタ栄えする景色があちらこちらにあります。
 蛇行が激しく軌道の確保が難しい所のようです。これより先でも川を渡るところがあったようです。
 見事に錆びついています。横は、保安用の通路でしょうか?渡りたくありませんね~
 長尾山第一トンネル(306m)です。
 外気温とトンネル内の気温差が激しくて、吐く息が白くなりました。
 休憩ポイントの桜の園に到着です。昼食ポイントの確保が難しいぐらい人がいました。
 唯一川に近づける場所だと思います。親水広場です。
 流れが穏やかで、くつろぐ事ができました。
 緑のトンネルもあります。
今回は、桜の園で折り返して、ピストン走行となりました。
生瀬駅から廃線ハイクのスタート地点までは、交通量の多い国道沿いの超狭い歩道を歩くことなります。バスで、木之元まで行く手段もありますが、何とか改善して頂けたらと思いました。....小さなお子様連れがおおかったので、


2019年5月6日月曜日

旧福知山線 廃線ハイクⅡ

新しい福知山線は山の中の長いトンネルを通っています。
西宮名塩駅や武田尾駅はトンネルの中にプラットホームのほとんどが組み込まれています。
 先の道場駅ぐらいまで廃線跡がありますが、橋梁がなくなっていたり、あたらしい施設が造られたりして、寸断しています。
 川を歩いて渡ったり、藪漕ぎしたりして探訪されるツワモノもおられるようですが、武田尾駅周辺で終了となるのが、定番のコースです。
 新緑が美しい季節です。虫たちも活動期になってきました。油断すると尺取虫の攻撃にあいます。
 川原もありますが、降りれるような地形ではありません。増水時の流れの厳しさを感じます。
 旧4号トンネル(北山第二トンネル)413mあります。一連のトンネルで最長です。
 今回は、ハイカーさんが多く明かりが見えて恐怖感はありませんが、単独歩行をされた方の経験談では、なかなかのスリルだそうです。
 時々落ちる水滴にびっくりします。こうもりの姿も見られるとのことですが、これだけ沢山の人間が通ると住み難いと思います。
 足元は、枕木が埋められておりますので、歩行注意です。
トンネル壁面は、石組みが見事なまでに組まれており、先人の技術の高さを感じます。
 木々でトンネルが隠れそうな感じです。
 休憩ポイントもありますので、子供連れや若い人達も多かったです。いつもの登山者(老人)は少ないように思いました。
 トンネルを抜けると、この景色が待っています。メリハリがあって、飽きません。
 トンネル付近で、歩くスピードが遅くなるのか?次第に人の列が密になってきました。
 清滝尾トンネル(149m)です。
 短いトンネルですので、光も入ってきます。トンネルの内壁がよくわかります。
第二武庫川橋梁です。ここも整備されていて、渡りやすくなっていました。
その昔は、随分と怖い思いをして渡ったような記憶があります。

2019年5月5日日曜日

旧福知山線廃線ハイク

テニス・マラソン・登山といろいろ制限発生しているなかで、なんとか歩く事は推奨されているので、グダグダと歩いてまいりました。
大阪駅(正式には尼崎)から以前は、客車普通列車区間でしたが、1986年から電化複線化となり「JR宝塚線」と言う愛称になっています。
 川沿いの旧福知山線は廃止となり、生瀬駅と武田尾駅間が歩くポイントとなりました。
本来は、JRの私有地で立ち入り禁止であったのですが、ハイカーが多く人気となり、整備もされたようです。....落石やその他の事については、自己責任でお願いしますの看板がありました。
 JR宝塚駅から一つ目の駅となります。多くのハイカーさんが降りられました。
 しばらく歩くと有馬方面と三田方面の分岐がありますが、三田方面に向いました。
 中国自動車道の下を潜ります。
 木之元バス停の交差点から武庫川に下りて行きました。
 さて、多くの方が、上流を目指します。もともと蒸気機関車が走っていた路線ですので、急な坂などはありません。
 序盤は、枕木なども無く歩きやすい道が続きます。
 名塩川の橋も整備されて歩きやすくなっていました。渓谷と岩と水の流れが見事です。
 振り返ると、くぐって来た高速道路がみえていました。

 お天気も良かったので、岩が眩しいぐらいでした。
 垂直の岩肌が荒々しくて、なかなかの景観です。
 巨大な岩が多くのハイカーさんの足を止めさせていました。
 (新)第四号トンネル(318m)が見えてきました。皆さん懐中電灯の用意です。北山第一トンネル
これよりこのコースの醍醐味のトンネル歩きとなります。トンネル内には、照明装置は全くありませんので、懐中電灯だけが頼りです。出口の明かりが見えてくると、妙な安堵感が漂います。

2019年4月11日木曜日

山の辺の道 北ルート 弘仁寺~天理へ

ガイドブックでは弘仁寺で終了となっていますが。本来は石上神社まで行きます。
弘仁寺は表参道からではなく奥の院から入って行きました。
 拝観料200円を納めてお参りしました。
 全く参拝者の方は居られません。静かに佇んでいるお寺でした。
1200年以上の歴史あるお寺で、神話的な出来事からここに創建された修行のお寺であったそうです。
 算額と呼ばれている額です。江戸時代に数学の問題や解法を記して奉納されました。
 オッサン二人で、堪能しました。
 西洋の数学ではなく、和算で難問を解きあらわすそうで、とてつも無く大きな桁数の計算となっています。
 13参りの発祥のお寺でもあります。
 数々の幾何学的な問題もあります。ピタゴラスの定理や面積の計算法や正比例・反比例の考え方もあったようです。
 結局、誰も来られませんでした。
 たぶんこのあたりまでは、山の辺の道を歩いてはずなのですが.....
 名阪国道にかかる橋を渡りました。....これは完全に間違いです。もっと東側の道を選択しなければならなかったのです。
 高速道路のような一般国道です。奈良から三重や名古屋向う主たる道路です。
石上神社には行けずに終了となりました。
久々のハイキングで、疲労困憊でした。弘仁寺あたりから帰還モードでありました。
27638歩・約20キロメートルの歩行でした。

2019年4月10日水曜日

山の辺の道 北ルート 正暦寺

 ガイドブックには、正暦寺に向うようにありましたので、そのまま進みましたが、本来のルートではないようです。
 ポイントとなる所が設定し難い北ルートですので、忖度してこちらのルートになったのかもしれません。
 車道を東にとって行くと薄暗い林道に入ります。
 ようやく山道らしくなってきました。気温も高く、山の中がほっとできる空間です。
 久しぶりの山坂道を進むと正暦寺に到着です。奈良県の得意技、発祥の地がありました。
近代の清酒製造技術につながる技術が確立された場所です。
一度途絶えたお酒が、復活しているそうです。
 ぼだいせん川の水も必要だったのでしょう。
 淡島神社も人形供養で有名ですが、このお寺でもされているようです。
 歌を詠うことがコミュニケーションツールだったのでしょう。人々の情念が伝わります。

 山門まで引き返しましたが、紅葉の季節には、観光バスがやってくるぐらいの人気スポットです。
 寺歴が1000年以上あるお寺のディテールは、格が違う気がします。
 トイレ横に伏せてあった鉄の大釜です。謎です。
 枝垂桜も美しい
本来の山の辺の道に向けて進みます。
泣き笑い地蔵だそうです。
 その横にある地蔵群です。凡字が彫られてありました。
 奈良の道では、幾つもの地蔵さんと出会いますが、今回は、大型のものが多かったです。
 山の裾に家がある風景は、街育ちの人間でも懐かしく思います。
 この日は、黄砂がひどくて、全てがぼんやりしていました。
目印の火の見櫓です。これより弘仁寺へ向います。