2019年4月11日木曜日

山の辺の道 北ルート 弘仁寺~天理へ

ガイドブックでは弘仁寺で終了となっていますが。本来は石上神社まで行きます。
弘仁寺は表参道からではなく奥の院から入って行きました。
 拝観料200円を納めてお参りしました。
 全く参拝者の方は居られません。静かに佇んでいるお寺でした。
1200年以上の歴史あるお寺で、神話的な出来事からここに創建された修行のお寺であったそうです。
 算額と呼ばれている額です。江戸時代に数学の問題や解法を記して奉納されました。
 オッサン二人で、堪能しました。
 西洋の数学ではなく、和算で難問を解きあらわすそうで、とてつも無く大きな桁数の計算となっています。
 13参りの発祥のお寺でもあります。
 数々の幾何学的な問題もあります。ピタゴラスの定理や面積の計算法や正比例・反比例の考え方もあったようです。
 結局、誰も来られませんでした。
 たぶんこのあたりまでは、山の辺の道を歩いてはずなのですが.....
 名阪国道にかかる橋を渡りました。....これは完全に間違いです。もっと東側の道を選択しなければならなかったのです。
 高速道路のような一般国道です。奈良から三重や名古屋向う主たる道路です。
石上神社には行けずに終了となりました。
久々のハイキングで、疲労困憊でした。弘仁寺あたりから帰還モードでありました。
27638歩・約20キロメートルの歩行でした。

2019年4月10日水曜日

山の辺の道 北ルート 正暦寺

 ガイドブックには、正暦寺に向うようにありましたので、そのまま進みましたが、本来のルートではないようです。
 ポイントとなる所が設定し難い北ルートですので、忖度してこちらのルートになったのかもしれません。
 車道を東にとって行くと薄暗い林道に入ります。
 ようやく山道らしくなってきました。気温も高く、山の中がほっとできる空間です。
 久しぶりの山坂道を進むと正暦寺に到着です。奈良県の得意技、発祥の地がありました。
近代の清酒製造技術につながる技術が確立された場所です。
一度途絶えたお酒が、復活しているそうです。
 ぼだいせん川の水も必要だったのでしょう。
 淡島神社も人形供養で有名ですが、このお寺でもされているようです。
 歌を詠うことがコミュニケーションツールだったのでしょう。人々の情念が伝わります。

 山門まで引き返しましたが、紅葉の季節には、観光バスがやってくるぐらいの人気スポットです。
 寺歴が1000年以上あるお寺のディテールは、格が違う気がします。
 トイレ横に伏せてあった鉄の大釜です。謎です。
 枝垂桜も美しい
本来の山の辺の道に向けて進みます。
泣き笑い地蔵だそうです。
 その横にある地蔵群です。凡字が彫られてありました。
 奈良の道では、幾つもの地蔵さんと出会いますが、今回は、大型のものが多かったです。
 山の裾に家がある風景は、街育ちの人間でも懐かしく思います。
 この日は、黄砂がひどくて、全てがぼんやりしていました。
目印の火の見櫓です。これより弘仁寺へ向います。


2019年4月9日火曜日

山の辺の道 北ルート 圓照寺

久しぶりのロングウォークで、今も若干の筋肉痛。
北ルートは舗装道路が多くて、日差しが強いと疲れます。
 崇道天皇陵です。宮内庁の文字が見えています。藤原種継暗殺の嫌疑をかけられて、絶食にて自害した早良太子を崇道天皇として祀られたそうです。
 なにげなく重苦しい感じがします。
 向かいの池の歌碑です。
 奈良県も難読の地名や名所が多くて、カナ変換が難しいです。
山と集落の間を進みました。
 振り返ると御陵である事がわかります。
 向山地蔵です。圓照寺に向う途中にあります。周りにも沢山のお地蔵さんがあって、胆試しにも使えそうです。薄暗く物悲しい感じがしました。
 圓照寺の山門です。年三回の特別拝観以外は、一般人の立ち入り禁止となっています。
 山村御所(御殿)とも言われています。
三島由紀夫の「豊饒の海」に出てくる月修寺のモデルだそうです。
また、三笠宮双子説に纏わるスクープの中心地でもあるようです。(偽りのようですが...)書籍も何冊か出版されています。
しかしこのお寺の特異性は、尼寺で、拝観禁止というだけでなく、厳重な防犯対策がなされている事でしょうか。門柱の傍には、赤外線センサーやフェンスが周りをとり固めています。
 太子堂です。綺麗にはされていますが、うら寂しい感じです。
 歌が彫られた石柱が並んでいました。
 岡山稲荷大明神です。凛々しい狐が守っています。実は、このあたりまで、圓照寺のフェンスがあって、出入り口には猛犬注意の看板がありました。ますます不思議なお寺です。
 ようやくミステリーワールドから出てきました。前の道路を東にとって、正暦寺に向います。
 弁財天社のある池です。

 ここにも歌碑がありました。
五つ塚古墳です。最初は向こうの山かなと思っていましたが、手前のもっこ利とした所のようです。
 盛り土と言うよりも掘削で造った古墳だそうです。近くだとわかりませんでした。
 桜の木下では養蜂がおこなわれていました。
蜂の羽音がここまで聞こえていました。

2019年4月8日月曜日

山の辺の道 北ルート 京終駅から

新元号で、万葉集がブームだそうです。沢山の歌碑がある山の辺の道ですが、今ひとつ人気の無い北ルートを歩いてみました。
 桜井から天理がメインのルートで、天理から春日大社方面が北ルートとなるようです。
野道が少なく、舗装道路が多いのも特徴です。
 天王寺駅からJR大和路線で奈良駅まで進み。まほろば線に乗り換えて、一つ目の駅である、京終駅がスタートです。...難読駅だそうです。
 数少ない列車本数ですが、今日は高齢のハイカーさんで一杯でした。.....4月6日(土曜日)
 コミュニティー駅長さんが展示物を並べられていました。
 右の青い容器は、ソフトクリームの魔法瓶だそうです。この地に駅ができた経緯などを教えていただきました。...近世においては、大きな会社や市場があって、物流の拠点でもあったそうです。
 なぜか?いただいてしまいました???
 駅は今年2月に新しくなったそうです。
 所々の桜を見ながら、東に歩を進めます。
 あちらこちらに観光ポイントがありますが、ルートから外れてしまうので、微妙に行けませんでした。
 地方に行くと、謎の施設に出会います。まさかのレストランの表示がありますが、廃墟のような雰囲気です。
 1~2キロも歩くとこんな風景が見られます。
 水利の関係で、ため池が多いのも奈良盆地の特徴です。....大きな河川が少ない
 身の立山不動明王堂の北にあるため池沿いを南に歩いています。
 最近は、こんな花でも珍しく思ってしまいます。
 この風景ののまま令和を迎えることになるでしょう。
 白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)です。石川県の白山権現の信仰を受け継ぐそうです。
 立派な歌碑と、金属プレートに碑文がわかりやすく書かれてあります。....古文の知識が必要かも
嶋田神社にある歌碑です。 この道が険しいものだったようです。.....こちらはわかりやすい。
 小さな神社ですが、綺麗にされていました。

ちょっとした丘を発見すると,古墳?鎮守の森?と思ってしまいます。